<前ページより>
貴子さんは着衣の乱れを直した後、髪を手で整えながら私の横に並びました。
彼女の表情と仕草には、つい今し方までの妖艶な淫らさの欠けらすら有りません。品のある、知性すら漂うその豹変に戸惑いながら、その場から彼女と立ち去ったのです。
暗い道を歩きながら、思いついた他愛も無い話を彼女にしながらも、胸の鼓動はすぐには収まりません。
あの場所で彼女が私の肉茎に与えてくれた、柔らかで滑らかな指先の動きがリアルな感触で蘇るのです。
その邪念を振り解きながら、多くの女性が想い描くであろう理想の夫の振る舞いに努めたのです。おそらく貴子さんからすれば、見え透いた悪あがきに見えたことでしょう。
なだらかな坂道の突き当たりに、白い灯りに照らし出されたホテルが見えました。
片側は大きな路地に面していますが、車の通りは少なく、静かで落ち着いた雰囲気です。
由香里はもうチェックインしているのだろうか…
それとも、さっきの私達のように人目の無い場所で…
貴子さんは私の腕にそっと手を触れ、顔を見合わせながら笑みを浮かべました。
貴婦人の顔…
私と由香里が彼女に付けた呼び名に相応しい、凛とした顔立ちには後ろめたさも躊躇いもありません。
ハイヒールの音を背に受けるような淑女の足取りでエントランスの中へと入って行ったのです。
「予約している川島貴子です」
フロントの係りに告げる彼女の言葉に、思わず貴子さんの横顔を見つめました。
私の姓と彼女の名…
一夜の妻として、私の姓を躊躇うことなく言葉にした彼女の顔に、二人の女を見る想いがしたのです。
夫である沢田さんを今夜だけは忘れ、他人の夫と交わる悦びに浸ることを願う女…
もう一つは、他人の夫が人妻に寄せる欲望を自身の体で叶えさせ、その精の全てを受け入れることに悦びを感じる女…
その二人の女の姿が重なる貴子さんに、私は言い知れぬ魅力と執着を感じたのです。
「川島さん」
不意に私を呼ぶ声が聞こえました。振り返ると、沢田さんと由香里が並んで立っています。
「私達も今着いたばかりです」
沢田さんの言葉に頷きながら、心の中では由香里の様子が気になりました。
彼女はその場を取り繕うかのように笑みを浮かべた後、私とは目を合わせようとはしないのです。まるで、今この場所で私と会ったこと自体を拒むかのようです。
レストランを出た時までの妻とは余りに異なる変化に私は戸惑いました。
もう… どこかの場所で由香里と沢田さんは、何らかの性的な行為をしたのか…
私と貴子さんが人目を避けながら抱き合ったように…
由香里はもう心の中まで沢田さんの一夜妻になっているのか…
「私達もチェックインしたら、そのまま部屋に入ります。川島さんも、二人きりの部屋で思いのまま貴子を愛して下さい。私も由香里さんを… その後にまた4人で会いましょう」
私は沢田さんの言葉に頷くと、あえて貴子さんの手を握りながらエレベーターの前に立ちました。
ドアが開くまで、結局、由香里と目を合わせることは無かったのです。
他に誰もいないエレベーターの中で、私はいきなり貴子さんを抱き寄せ、唇を押しつけました。
彼女を愛したい…
幾度も沢田さんが抱いた彼女の体を、私の愛欲の迸りで満たしたい…
予期せぬ突然の嫉妬に心が乱れ、体中に焦りの脈が駆け巡ります。誰のせいですらない理不尽な葛藤の捌け口を、貴子さんに求めたのです。
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