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人妻への恋 (6)

数日後、会社の昼休みに真奈美さんがオフィスを訪れました。
彼女は2~3日に一度の割合で営業の訪問に来ているので、そろそろ会える頃だと思っていたのです。

「この前はパーティーに来て下さって、ありがとうございました。あまりお話し出来なくてごめんなさいね」

「あ… いえ、お忙しかったみたいですから気にしないで下さい」

私は気持ちとは裏腹の言葉で返事をしました。彼女を自慰の対象としていることに、後ろめたい気持ちがあったことも理由の一つです。

「お昼休みに申し訳ありません。お時間を頂けましたら、このシートにお名前と生年月日、病歴や見込みの年収を記入して下さいますか? 保険のプランを見積もらせて頂きたいのですが」



やっぱりそうだよな…
俺に近づいてくるのは、保険の勧誘が目的なんだよな…

「はい…、いいですよ」

私は手渡されたシートの項目に記入して、真奈美さんに返しました。

「早速、これで幾つかプランを出しますから。コンピューターで処理しますので、明日には御説明出来ます」

彼女にとっての契約候補者でいる限り、この後も何度か会えるかな…
断るのはもっと後でもいいや…
私はそのことに少なからず嬉しさを感じていたのです。

真奈美さんをエレベーターの前まで見送り、私は午後のオフィスへ戻りました。

いつの間にか私は、漠然とした淡い期待を彼女に寄せていたのかも知れません。彼女にとって私が契約の候補者で居続ければ、少なくとも他の社員よりは特別な存在でいれる… そんな想いだったのでしょう。



真奈美さんから会社に電話があったのは、その日の夕方頃でした。

「さっき、コンピュータで見積もったプランが届いたんです。無理に頼んで急いでもらったんですよ」

真奈美さんは嬉しそうな声で話を続けます。

「急で申し訳ありませんが、会社が終わってから時間を頂けませんか? 場所は川島さんが指定して下さって構いませんから」

「え? 今夜ですか」

「御予定があるなら仕方ありませんが… もし、御都合がよろしければ」

私には迷う余地などありませんでした。彼女の方から二人だけで逢う機会を与えてくれたのです。

「はい… 大丈夫です。場所は何処でもいいですよ」

突然の誘いに対して、何も心の準備が出来ていない私には、型どおりの返事をするのが精一杯だったのです。

「じゃあ… 新宿にしましょうか? 川島さんは中野にお住まいだから、遠回りにならないし」

私は、彼女が指定した待ち合わせ場所と時間を慌ててメモし、間違いのないことを確かめてから電話を切りました。



生命保険の外交員が、保険契約のセールスのため客と会う… ただそれだけのことなのに、まるで年上の女性とデートでもするかのような気持ちでした。

今夜、真奈美さんが私と会う目的を判っていても、彼女に対する密かな好意と妄想が、それを認めることを拒んだのです。

私は高校生の頃から30代の女性に、強い憧れとともに性的な対象としての関心を抱いていました。近所の若い人妻や駅で見かけるOLの姿に対し、叶わぬ夢想に浸りながら幾度も自慰の対象としていたのです。

若く身勝手な欲望を優しく許し、その全てを受け入れてくれる… 年上の女性に対する私の想いは、性的理想の具現化に似た願望が入り混じったものだったのかも知れません。

私は急いで仕事を片付け、チャイムが鳴ると同時に会社を出て駅に向かったのです。

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人妻への恋 (7)

新宿での待ち合わせ場所は、駅前の人混みから少し離れた東口のデパート前でした。

巨大なターミナル駅の周りを行き交う人混みの中から、真奈美さんの姿を探しました。

「急に無理なお願いしてごめんなさい。何か予定があったんじゃ…」

息を切らせた真奈美さんが後ろから声をかけました。
彼女の白い上着が、街の眩いネオンの明かりに淡く彩られているかのようです。
今日の午後、オフィスで会った彼女の姿と同じ筈なのに、夕闇に暮れる繁華街の雑踏が、年上の女性である真奈美さんの艶やかさを引き立てます。



「いえ、今日は暇ですから気にしないでください」

私と真奈美さんは、デパートの隣にあるイタリアレストランに入りました。
店の中は明るく落ち着いた色調でコーディネートされ、何組もの男女が楽しそうに夕食の一時を過ごしています。

俺と真奈美さんも、周りから恋人同士って思われているのかも…

テーブルを挟んで目の前に座る真奈美さんに対し、身勝手な想いが心の中を廻ります。

「とりあえず何か食べましょうか。食事はまだですよね」

真奈美さんはメニューを手に取り、私に差し出してくれました。

終始、彼女のペースで段取りが組まれ仕切られることに、不思議と戸惑いを感じることはありませんでした。
むしろ、年上の女性が指し示す流れに従うことに、安らぎに似た心地よさを感じたのです。



もちろん彼女からすれば、私のような保険の契約を取れる可能性のある「客」と接する上での応対なのでしょう。
ですが、数ヶ月前まで学生だった私は、それまで契約やセールスが目的の接客を受けた経験がありませんでした。

そんな私が、真奈美さんの凛とした振る舞いに、年上の女性に対する憧憬に似た感情を抱いたとしても無理はないのかも知れません。
同年代の女性にはない「大人」を彼女から感じながら、その魅力の奥へ深く引き込まれていったのです。

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人妻への恋 (8)

「私も前に中野に住んでいたんですよ」
「え? そうなんですか? 中野の何処だったんですか?」

真奈美さんの意外な話に、私は思わず身を乗り出しました。
彼女はテーブルの上に置かれた食事をとりながら、世間話を続けます。

「早稲田通りの方ですよ。川島さんは南口の方ですよね」
「はい、五差路を高円寺の方に曲がったとこです」
「あ、そっちの方、よく知ってる。中野通りを真っ直ぐ進んだとこに友達が住んでいるから」
「じゃあ、もしかしたら知らないうちに、中野の何処かですれ違ったことがあったりして」
「きっとそうだよね」



真奈美さんとの思いがけない接点に、私は嬉しさを感じながら会話を続けました。
沿線の高円寺や阿佐ヶ谷、吉祥寺のことなど、気が付けばかなりの時間、二人で話していたのです。

年上の女性とだって、気が合えばこんなに楽しく会話が出来るんだ…
きっと真奈美さんだって、年下の男と親密に話せるなんて思ってなかったろうな…

「あの… 真奈美さんは結婚してるんですよね」

私は会話の勢いで、前から気にしていたことを口にしました。

「はい、結婚してますよ」
「やっぱり… だから真奈美さんは『大人』って感じがするんですね」

予想通りの返事に、私は言葉とは裏腹に、心の中では少なからず落胆していました。
彼女は結婚指輪をしていませんでしたが、だからといって独身だとは限りません。
そのことを判っていながら、私は彼女が未婚であることに微かな期待を抱いていたのです。

「じゃあ、真奈美さんはきっと料理が上手なんでしょうね。毎日、食事を作るのは大変でしょう?」

私は失望した心の内を見せまいと、思いついた軽口で取り繕ったのです。

「はい… まあ… でも、それも主婦の仕事ですから」

それまでの真奈美さんの笑顔が、結婚の話をしてから急に表面的なものに変わったことに気付きました。



他人の私が、家庭の中の事を図々しく聞いたりしたから気を悪くしたのかな…

内心、少し焦りながら話題を変えました。

結局、私と彼女は二時間近くも本来の話題以外の会話… 生命保険のプランについての説明を聞くはずが、前に住んでいた場所や最近観た映画、よく遊びに行く街などの話をしていたのです。

保険の説明なんてどうでもいいや…
このまま、真奈美さんといろんな話がしたい…

私はいつの間にか、彼女とデートをしているような気分になっていたのかも知れません。

真奈美さんが自分の彼女だったら、毎日、こんな楽しい時間を過ごせるのに…

彼女が既に結婚している以上、その望みが無いことは判ってはいました。それでも儚く切ない願望として、真奈美さんを目の前に、幾度もそのことが頭をよぎるのです。

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