真奈美さんは約束の時間に少し遅れて、私の会社を訪れました。
遅刻を詫びる彼女の姿は、ビジネス上のミスに対する型通りの対応でした。
きっと、周りの目があるから「他人」を演じているんだ…
それとも彼女にとっては、先日の出来事は些細なことなのだろうか…
ミーティングルームに入り、テーブルを間に挟んで真奈美さんと向き合って座りました。社内でありながら、他に誰もいない閉ざされた空間の中で、彼女と二人だけになれた嬉しさに鼓動が昂ぶります。
「この前に説明させて頂いたプランの案内はお持ちですよね。毎月のお支払い金額は御承知済みですか?」
「ええ、一応」
「書類はこちらで用意しますから、一週間程お時間を下さい」
二人だけの室内にも関わらず、眈々と仕事の話を続ける彼女の態度は、私にとって不愉快なものでした。ほんの数日前に結ばれ合った関係を、例え僅かでも確かめ合える言葉が欲しかったのです。
私は無言のまま、バインダに入れた資料を真奈美さんに渡しました。
「念のため契約内容を確かめさせて下さいね」
手持ちの資料をテーブルの上に置いて付き合わせる彼女を、私は黙ったまま見つめました。
そんなに契約が欲しいのか…
あの出来事はもしかしたら契約のため…
「はい 間違いありませんね。じゃあ、このプランで手続きを進めさせて頂きます。本契約までに実印の用意は出来ますか?」
他人に対する接し方を続ける彼女に対して、焦りと苛立ちがつのります。
あの時、この手で触れた彼女の肌…
勃起した茎を包む膣の艶かしさ…
射精を受け入れる秘奥の縮動…
真奈美さんの全てを知っているんだ…
お互い、特別の関係になった筈じゃないか…
「ずっと真奈美さんのことを想っています… こんなに人を好きになったのは初めてなんです」
それは抑えきれない感情が私自身を突き動かした言葉でした。偽りの無い、正直な気持ちを彼女に伝えたい想いが口から出たのです。
真奈美さんは表情を変えることなく、無言のまま、テーブルの上に開いた書類にペンで書き込みを続けます。それはまるで、私の告白など無かったかのような態度でした。
「今日、仕事が終わってから逢って下さい。どうしても話したいことがあるんです。逢ってくれなければ… 契約しません」
切羽詰まった私から出た言葉は、彼女との約束を取るための「交換条件」でした。
決して先日のようなセックスを求めたものではありません。真奈美さんへの想いをはっきりと伝え、それに対する返事を聞きたかったのです。
彼女はペンを止め、ゆっくりと私に顔を向けました。
「願いを叶えるためなら交換条件… 相変わらず困った子ね」
それは私を見下し、軽蔑したような冷たい言葉でした。
あの日、私の欲望を全て受け入れてくれた真奈美さんの面影は何処にもありません。
「夕方の7時に新宿に来て下さい。場所は先月、待ち合わせしたところで」
真奈美さんはそれだけを言うと、書類をバッグに仕舞いました。
部屋を出て、エレベータまで見送りましたが、彼女は固く口を閉ざしたままです。廊下を行き交う他の社員に笑顔で会釈する彼女は、保険外交員の姿そのものでした。
目が合うこともなく、エレベーターのドアが無情に閉ざされました。
なぜ?… もう他人じゃない筈なのに…
現実を受け止めきれずに立ちすくむ体の奥から、裏切りにも思える彼女の態度と、自分の愚かさに対する怒りが込み上げたのです。
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