「私も前に中野に住んでいたんですよ」
「え? そうなんですか? 中野の何処だったんですか?」
真奈美さんの意外な話に、私は思わず身を乗り出しました。
彼女はテーブルの上に置かれた食事をとりながら、世間話を続けます。
「早稲田通りの方ですよ。川島さんは南口の方ですよね」
「はい、五差路を高円寺の方に曲がったとこです」
「あ、そっちの方、よく知ってる。中野通りを真っ直ぐ進んだとこに友達が住んでいるから」
「じゃあ、もしかしたら知らないうちに、中野の何処かですれ違ったことがあったりして」
「きっとそうだよね」
真奈美さんとの思いがけない接点に、私は嬉しさを感じながら会話を続けました。
沿線の高円寺や阿佐ヶ谷、吉祥寺のことなど、気が付けばかなりの時間、二人で話していたのです。
年上の女性とだって、気が合えばこんなに楽しく会話が出来るんだ…
きっと真奈美さんだって、年下の男と親密に話せるなんて思ってなかったろうな…
「あの… 真奈美さんは結婚してるんですよね」
私は会話の勢いで、前から気にしていたことを口にしました。
「はい、結婚してますよ」
「やっぱり… だから真奈美さんは『大人』って感じがするんですね」
予想通りの返事に、私は言葉とは裏腹に、心の中では少なからず落胆していました。
彼女は結婚指輪をしていませんでしたが、だからといって独身だとは限りません。
そのことを判っていながら、私は彼女が未婚であることに微かな期待を抱いていたのです。
「じゃあ、真奈美さんはきっと料理が上手なんでしょうね。毎日、食事を作るのは大変でしょう?」
私は失望した心の内を見せまいと、思いついた軽口で取り繕ったのです。
「はい… まあ… でも、それも主婦の仕事ですから」
それまでの真奈美さんの笑顔が、結婚の話をしてから急に表面的なものに変わったことに気付きました。
他人の私が、家庭の中の事を図々しく聞いたりしたから気を悪くしたのかな…
内心、少し焦りながら話題を変えました。
結局、私と彼女は二時間近くも本来の話題以外の会話… 生命保険のプランについての説明を聞くはずが、前に住んでいた場所や最近観た映画、よく遊びに行く街などの話をしていたのです。
保険の説明なんてどうでもいいや…
このまま、真奈美さんといろんな話がしたい…
私はいつの間にか、彼女とデートをしているような気分になっていたのかも知れません。
真奈美さんが自分の彼女だったら、毎日、こんな楽しい時間を過ごせるのに…
彼女が既に結婚している以上、その望みが無いことは判ってはいました。それでも儚く切ない願望として、真奈美さんを目の前に、幾度もそのことが頭をよぎるのです。
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